立ち呑み漂流の「別館」。熊本駅前にあった居酒屋名店「村祭り」。いまだ余韻。新風連憂国の地。●麗しの日本の心が腐りつつある。日本の「心」を呑む日本酒。その将来に思いを馳せ綴る!


by tatinomi2
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■坂の上の雲。秋山兄弟、豊後の「広瀬武夫」の誇り!

ちょっと本題の前に
「虹の宴」仲良し兄弟


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(解説)

大好きな、超お値打ちコープ神戸の純米兄弟。
5合で、700円台、800円台。どちらもうまいが
特に、純米がいいなあ。




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NHKで、いよいよ今夜から

「坂の上の雲」

が、始まる。構想・企画・制作3年の時間と巨費の力作。
放送も3年にわたり行われるという。

国の骨格が、腐れ、壊れるいまこそ
明治の「国を一心に思う気骨」
を学ばねば。

ドラマは、愛媛は松山の「秋山将軍兄弟」「正岡子規」
中心だが、わが豊後の偉人

広瀬中佐もでる。

郷里の尊敬する偉人。
とんでもない魅力の持ち主。
明治にはこんな素敵な侍がいたのだ。

※わがHP「縄文の息吹」より抜粋、以下に。

広瀬武夫中佐のこと 

冒頭に我が豊後の偉人、広瀬武夫から始める。大方のひとはピンとこないであろう。日露戦争で高名を馳せたのは乃木と東郷。素晴らしい武将である。だが、実際その陰にあって日本を勝利に導いた功労者が我が豊後の広瀬武夫とお隣り伊予の秋山真之である。どちらも徳川親藩の出身。どうみてもとても出世できない。秋山は東郷の参謀に。広瀬はロシアの駐在武官を経て旅順港閉塞作戦に参加することになる。広瀬は大分県竹田市、郷土の音楽家 滝廉太郎が荒城の月の曲想を練った岡城の地。ロシア時代伯爵令嬢との恋に落ちたり、この令嬢の弟に兄のように慕われたり、無骨で大男の軍神にしては何ともほほえましい。また本気で結婚を考えたのもほほえましい。

この広瀬、旅順港の港内に停泊しているロシアバルチック艦隊を湾口に石を積んだ老朽貨物船で塞ぐ作戦に参加して戦死した。なにもこれからの日本海軍を担う英傑がこんな自爆行為に参加しなくても、と思う。駐在武官を終えた後、ロシアの奥地まで諜報活動を行ったりもした。一度目はうまく沈めることが出来ず失敗。決死の行為だけに志願も決行も一回まで。ましてや仕官クラス。親友の秋山が「君がなにも行かなくとも」と必死で止めた。が、広瀬「君は机上で作戦を考える参謀、おれは前線の兵だ、兵が命を惜しんで戦に勝ち目ありや」と逆にたしなめて2度目の決死行。

無骨なだけの武将でない広瀬、ボロ船の舷側にロシア海軍の下士官になって戦に参加しているだろうロシア伯爵の弟に向けての投降メッセージを掲げて進行。今度はうまくいったかに見え、石を積んだ船底に水を入れて自沈する。すさましい砲火を潜って決死の戦法。

いざ、沈む船を後にしてボートに乗り込もうとするその時。愛する部下杉野兵曹長がいない、助けに戻ろうとした矢先、敵弾の餌食となる。小さい時祖父から「杉野はいずこ・・」という軍神広瀬をたたえる歌を膝枕に聞いたことがある。

戦功というには地味だが、欧米の識者が、広瀬の勇気をたたえた。「これで日本は勝つ」とまで言われた。日本への戦費の提供も激増。広瀬の潔さが世界を動かした。

広瀬武夫の行動の根底にあるのは、ひょっとして会津の「風儀」ではなかったか。三年前の冬会津を訪ねた時雪の鶴が城にこれまた「荒城の月」の作詞者、土井晩翠の記念碑があった。みれば「荒城の月」の記念碑だった。名曲を通じての会津と豊後の出会い。その日のボランティアガイド斎藤さんの「ここが最もお城が美しく見えるポイントです」の言葉に胸が熱くなった。








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by tatinomi2 | 2009-11-29 16:22 | 国の将来